前回↓の続きです
ロシアに勝ち目がないわけではない
もたくたしているうちに、4月22日に恐ろしい言葉が英国首相から出てしまいました。「ロシアが勝利する現実的な可能性がある」と。
そうならないようにするのがあなた方の役目でしょう!とこんな世界の隅っこから言っても仕方ないですし、最悪の事態を想定するのも大事なことではあります……。
という訳で、「ロシアに勝ち目はあるか」という今回のタイトルへの回答は「ある」ということになります。
刻々変わっていく物理的な戦況は追い切れないので、この文では、ロシアの経済制裁に対する「勝ち筋」を、ロシアの数ある資源である食品(穀物)の話を中心に語っていこうと思います。
世界のパン籠地域での戦争
今回の侵攻が起きる前、ロシア、ウクライナは小麦の大生産地でした。この二カ国合わせて2021/22年度の小麦の輸出シェアの約3割を占めていたのです。2月25日の共同通信アグリラボめぐみ 「小麦価格高騰の恐れ ロシア、ウクライナで輸出の3割 NNAオーストラリア」のグラフによれば、ロシアが21%、ウクライナが9%です。ウクライナ侵攻開始直後の時点から世界の食料生産への危惧の声は上がっていました。
ちなみにアメリカが14%、カナダが13%、EU全体で13%、オーストラリアが10%です。
この2カ国が戦争をはじめ、攻め込まれたウクライナの農業生産力が危ぶまれる上、ウクライナの接する黒海からの他国の穀物の輸出も危ぶまれるとこの記事ではしています。
出典
それから約ひと月後の4月2日のCNNの記事「小麦の輸出大国ウクライナ、侵攻で今年の収穫や種まき不可能か」では、ウクライナでの今年の収穫や種まきが不可能になる可能性が非常に高いことが報道されました。
この記事によれば、
ウクライナ政府は3月初め、小麦、トウモロコシ、穀物、塩や肉を含む主要な農産物の輸出禁止を閣議決定した。
(中略)
仏大統領府筋は特に、ウクライナから中東諸国への穀物輸出が停滞していることの悪影響に懸念を示した。
出典元:CNN.co.jp : 小麦の輸出大国ウクライナ、侵攻で今年の収穫や種まき不可能か2022.04.02 Sat posted at 14:30 JST
https://www.cnn.co.jp/world/35185785.html
とあり、小麦に限らないウクライナの食料品の世界市場への出荷がなくなることと、それによる中東諸国への悪影響への危惧を報道しています。
そしてその影響はもう出ています。
4月18日の時事通信の記事「「パンは高根の花」中東で悲鳴 ウクライナ危機で小麦調達難」」では、ウクライナとロシアの小麦に頼る中東諸国でパン不足が深刻化し、市民の不満が増大していると伝えています。
エジプト政府によれば、小麦の備蓄は4月初旬時点で2.6カ月分。ウクライナでの戦闘長期化が懸念される中、小麦輸入先の多角化が急務で、米国、欧州、南米のほかインドからの調達も検討している。
(中略)
経済危機下のレバノンもウクライナ産小麦への依存度が高く、影響が深刻だ。不況で外貨が不足している上、2020年に起きた大爆発で国内最大級の穀物倉庫が大破したまま。小麦の備蓄は1カ月半程度とされ(後略)
出典元:
と記事中にあり、パンの高騰が原因の一つだった2011年の「アラブの春」のような政情不安の原因になるのではとの危惧もあると締めくくられています。
出典
また、4月18日の日経新聞の記事「東アフリカ、食糧難1300万人 ウクライナ危機が拍車」によれば、ソマリアをはじめとした東アフリカもロシア・ウクライナ両国の小麦に依存しており、影響が深刻であると伝えています。
深刻さが際立つのが「アフリカの角」と呼ぶ大陸東端にあるソマリアだ。同国で人道支援を調整する国連のアダム・アブデルムーラ氏は3月末、5歳以下の140万人の子どもが栄養不足だとし「対処しなければ35万人が夏までに命を落とす」と訴えた。
(中略)
国連世界食糧計画(WFP)は「アフリカの角は1981年以来で最も乾燥した状態にある」と指摘した。ソマリアの隣国ケニアでは政府が2月、310万人が食糧不足に陥っていると推定した。エチオピアのソマリ州では、干ばつで家畜100万頭以上が死んだと伝えられた。
追い打ちをかけるのが、ロシアのウクライナ侵攻による穀物などの価格上昇だ。国連食糧農業機関(FAO)が8日発表した3月の世界の食料価格指数(2014~16年=100)は159.3と前月比17.9ポイント上昇した。穀物や植物油が大きく値上がりし、2カ月連続で過去最高を更新した。
(中略)
国際非政府組織(NGO)オックスファムは、ウクライナの戦闘による食糧供給の混乱について「最も貧しく弱い人々が真っ先にひどい打撃を被る」と指摘。「東アフリカに時間の猶予はない」と国際社会の支援を訴えた。
出典元:
東アフリカ、食糧難1300万人 ウクライナ危機が拍車: 日本経済新聞 2022年4月18日 10:04
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR13DSV013042022000000/
折あしく、エチオピアでは反政府勢力との戦闘で北部への食料の供給が滞り、ケニアではバッタの大量発生で農業が打撃を受け、ソマリアでは政情の混乱が長引いていました。また、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国はコロナの影響からの回復も遅れているところに持ってきての、この戦争による食糧難という悲惨な状況だそうです。
出典
海外から視点を戻して、日本の話です。
日本が小麦の大半を輸入していることは周知の事実ですが、農林水産省の「小麦はどこの国から輸入(ゆにゅう)されているのかおしえてください」(令和3年更新)によれば、約9割を輸入しているうちの原産国は、アメリカ・カナダ・オーストラリアで大半を占めるとのことなので、直接はウクライナの小麦がなくても何とかなりそうに思えます。
出典
しかし、輸入量の約半分を占めるアメリカでも予断を許さない状況があります。
4月24日のフォーブスジャパンの記事「米西部の干ばつが歴史的水準に 山火事や農業生産にも影響か 」|Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)によれば、西部での干ばつが続き、地下水が減り始めているという危機が報告されています。
出典
最初に参照した共同通信アグリラボ めぐみ「「小麦価格高騰の恐れ ロシア、ウクライナで輸出の3割 NNAオーストラリア」で、オーストラリアが今シーズンの生産量は過去最高を記録した、とあるのは救いですが、既にウクライナ産の代わりとしてインドネシアが切り替えを検討しているなど、ライバルは多いようです。
パンがないなら米を食べよう論の盲点・肥料
では、小麦がダメなら日本国内で十分とれる米を食べればよい、という意見もあります。
出典
(4月25日日経新聞有料会員限定記事。日経は会員登録すれば有料記事が月10本まで無料で見られます。)
しかしこれにもウクライナ侵攻が影を落としています。
ロシアは農業に欠かせない肥料も輸出しているからです。
日経新聞3月22日の「肥料価格、過去最高値に 主産地ロシアの供給停止で」によれば、19年時点のデータでロシアの肥料のシェアは世界一位で輸出全体の約13.3%を占めるそうです。その最大の輸出先はブラジルだそうですが、穀物の問題と同じでロシアが出荷できなければ他国産に切り替えるわけで、肥料の価格は過去最高値になっています。
肥料の値上がりの要因はロシア産の供給停止だけでなく、世界二位の産地である中国の肥料の輸出量が減っていたり、原料となる天然ガスの値上がりで欧州産肥料が減産されているといった事情もあるようです。
文中の肥料価格指数のグラフを見ると、20年頃から少し上向いているのが、22年に入ったあたりで一気に上がっているのが分かります。前から値上がり気味だったのが、この侵攻で一気に上がってしまったという感じです。
出典
この肥料不足の流れを受けて、日本の農業への悪影響を危惧する声も出始めています。
農業協同組合新聞(JA.com)のサイトでは4月18日、「【食料危機がやってきた】肥料供給難で世界農業に致命的な影響も(1) 資源・食糧問題研究所 柴田明夫代表」で、肥料供給難の危険性を述べています。
化学肥料原料のほぼ全量を輸入に依存している日本も心配だ。日本は、トータルとしての化学肥料の消費量は限られるものの、ヘクタール当りの消費量は268キロで、中国の389キロに次いで世界第2位だ。特に、リン酸アンモニウム、塩化カリウムはほぼ全量輸入だ。農林水産省によれば、世界的に資源が偏在しているため、輸入相手国もカナダ、中国、ロシア、ベラルーシなどに偏っている。
出典元:
【食料危機がやってきた】肥料供給難で世界農業に致命的な影響も(1) 資源・食糧問題研究所 柴田明夫代表|JAcom 農業協同組合新聞 2022年4月18日
https://www.jacom.or.jp/nousei/rensai/2022/04/220418-58308.php
カナダはともかくとして、ロシアは今回の侵攻の主役、ベラルーシもロシアと歩調を二人三脚に見えるほど合わせている国であり、中国も日本と今一つうまくいっていない国です。
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そして肝心のコメと肥料の関係に関してはブルームバーグの4月19日の「食糧危機が深刻化へ、肥料コスト高騰でコメの生産量減少の可能性」という記事にあります。肥料高が各国のコメ農家に負担となり、肥料の使用量を抑えることでそれをしのいでいるため、収穫量が減るのではないかという説です。
(IRRI)は、次のシーズンに収穫量が10%減少し、コメ3600万トン、5億人分相当の供給が失われる恐れがあると予測している。
出典元
食糧危機が深刻化へ、肥料コスト高騰でコメの生産量減少の可能性 - Bloomberg 2022年4月19日 14:40 JST
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-04-19/RAKB8WT0AFB401
とのことで、もし日本で凶作になったとしても、1993年の冷夏の影響でコメ不足となった94年のように輸入することは難しくなるかもしれません。
また、農家が肥料をコメに使わないことに関しては、コメは十分な生産量や既存の備蓄により価格が抑えられ、あまり高く売れない作物であることも影響しているらしいです。
出典
記憶だけで申し訳ないのですが、以前ネットで、
「日本の食料自給率アップと言っても、肥料や農機を動かすための燃料も止まってしまった場合のことを考えてない」
と言っていた人をみかけたのですが、その予想がイヤな形で当たりつつある印象を受けます。(その時はシーレーン破壊で食糧輸入が途絶えた場合を想定する、ということは、当然肥料、燃料の輸入も途絶えると考えよ、という感じだったのですが。)
まとめ
つまり、ロシアは自国産の作物で直接、肥料で間接的に世界のかなりの国の胃袋をつかんでいるわけですね。
そしてウクライナを戦場にし、黒海をふさぎウクライナ産の食料の生産や輸出をはばむことで、ウクライナのシェアを奪うばかりか、ウクライナ産に頼っている国を政情不安に追い込み、中東やアフリカからの難民を増加させることでヨーロッパ諸国を陥れることも可能ではないかと思います。
しかし逆に言えば、ウクライナの穀物シェアも高いとは言え、ロシアの穀物、肥料シェアの高さから行けば、別に物理的戦争になど持ち込まなくても、もっとこのシェアを利用してうまく立ち回り、食料、肥料、燃料の値上がりにより利益を得ることができたのでは? とも考えてしまいます。
ともかくも、この稿では食料と肥料に絞って論じましたが、そのほか燃料(原油、天然ガス)金属等に関しても調べればロシアのシェアが高いものは他にもあるでしょう。
これらの資源を融通するという甘言、あるいは輸出しないと脅すことで、今経済制裁に加わっている国を切り崩したり、国連での自国への処分へのロビー活動の材料にすることは十分可能だと私は考えます。
……すみません。ロシアに対し経済制裁でどう対抗するか、ロシア崩壊の悪影響等については語れませんでした。とりあえず今回はこれまで。
(2022年5月4日 引用関連を主に、文章も少し手直しして再アップしました)
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