クリスマスイブから一夜明けて、売れ残りのクリスマスケーキやシュトーレンや、鳥の丸ごと肉とか、モモ肉とかに憐憫の視線を投げはしつつ、買えなかった私です。*1
ちょっと感情的になっている記事なので、以下は折り畳みにします。
クリスチャンだけがクリスマスを祝う日本にすることは可能か?
以前の記事にのせた、日本人の非クリスチャンによる商業的クリスマスを、外国の敬虔なクリスチャンは苦々しく思っている……と書いていた方が、こんなツイートを。
日本人はそう考えても原理主義や敬虔な人はそうじゃないわけ。日本人の大半はキリスト教原理主義者だらけの土地なんて住んだことがない。中絶やる産婦人科医が射殺されるとこなんだよ。ワイが住んでた場所。あとな、イギリスやイタリアやポーランドも敬虔な人もかなりいるから内心は激怒なんだよ… https://t.co/ewX3RAL1zI
— May_Roma めいろま 谷本真由美 (@May_Roma) 2023年12月25日
このスレッドには色々と怖いことが書かれていますが(フィリピンやインドのキリスト教徒も敬虔な人が多いから、移民が増えるなら危険とか)、じゃあ、日本が商業的クリスマスを(それこそ政府の号令か何かで)やめようとしたら何が起きるか。
まず、憲法の定める信教の自由に引っ掛かります。
信教の自由と言うと、こういう意見が出るかもしれません。「非キリスト教徒がクリスマスで遊ぶのが問題なんで、クリスチャンがクリスマス祝うのは別にいいでしょ?」と。
ですが、クリスチャンと非クリスチャンをどうやって見分けますか? 教会に頼んで信者としての身分証明書を出すとか……? それは憲法上の沈黙の自由(信仰などを黙っている権利 Wikipedia「思想・良心の自由」内思想・良心の自由の保証)に抵触します。
ケーキとかお菓子とか手作りして、お店に買いに行かなければ、別にそんな証明書いらない、という人もいるかもしれませんが、大々的なクリスマスケーキの大量生産をしなくなっても、お誕生日ケーキを注文するように、クリスチャンが、クリスマスケーキを独自にお店に注文したっていいでしょう*2。ですがそれを「本当の」クリスチャンだけに限るとなったら、そういう問題になってしまいます。
それと、既に中国がクリスマスを一部禁止にしているから、それに追従するのか、という声が多分上がるでしょう。(ヘタすると、禁止すること自体が西側からの離脱と言われかねない)
中国では国全体ではないですが、地方ではクリスマス禁止のお達しが出ているところもあるそうです。
あと、外来のイベントを減らそう、と言ったら言ったで、「排外主義!」とか言われるような予感もちょっと*3します。
じゃあ、「敬虔な」クリスマスにするために日本人のほとんどをキリスト教徒に……というのも、それはそれこそ信教の自由に抵触しますし。
外来行事をやることへの違和感と物心両面の負担
ところで、実は、私の家では、もうずいぶん長いこと、クリスマスを祝っていません。
深い理由はなく、ある年ぱたりとやめたら、翌年以降もそれっきりになってしまったというだけのことです。子供のための行事ですから*4、ある程度大きくなったらやめてしまった感じです。
今から思い返せば、母にとって、お正月の一週間前の「クリスマス」という行事は、負担が重かったのではないかと思います。
また、昔気質の母には、クリスマスに対する違和感も抜きがたくあったのかもと思います。
実は、信仰が伴わないとはいえ、Wikipediaによれば、日本での商業クリスマスは120年ほどの歴史があるようです。(クリスマス - Wikipedia)
しかし、地域(都市部とそれ以外)や、階級(中流知識階級以上とそれ以下)によってはそれほどではなかったのかもしれません。
母に限らず、1980年代~90年代くらいには、漫画やアニメで「(キリスト教徒ではない大多数の)日本人がクリスマスを祝うのは変」という違和感を口にするキャラがたまにいたな、と記憶します。
テレビアニメ版パトレイバーでは、太田巡査が、小隊内のクリスマスパーティで「なんでアーメンさんの祭りをしなきゃいかんのだ」*5というようなセリフを言ってた記憶があります(確か第10話「イヴの罠」冒頭あたり(機動警察パトレイバー - Wikipedia)。 また、川原泉氏の漫画「不思議なマリナー」で、クリスマスに浮かれる他の家族を尻目に、主人公が、「私は灌仏会に行くから」と言うシーンがありました。*6
#川原泉_本日のお言葉 12月24日 わたしのことはかまわないで下さい キリスト教徒じゃないから… 仏教徒は仏教徒らしく 灌仏会にお祝いします 個人的に… 《「不思議なマリナー」より》 ★「ワタシの川原泉」特設サイト公開中★ pic.twitter.com/lTrfdBKzOX
— 白泉社 (@Hakusensha) 2014年12月24日
あとはJET氏の、『十兵衛紅変化』*7の「聖者が街にやってくる」でも行きつけの喫茶店(?)のマスターが、クリスマスに対抗して、「騒げればいいのなら」ということで、日付を少しずらして、盆栽に妙な装飾を施したツリーを飾った、妙なパーティをしていました。(下記リンクから試し読みで、該当シーンが読めます。)
現実界の話に戻りますが、私の、学生時代の担任の中にも、キリスト教徒だけがクリスマスを祝うべき……(というか、異教徒はやるべきではないのでは)みたいなことを言ってた人がいた覚えがあります。
今でもそういう違和感持つ人がいるのか、それとも減っているのかは、子供もおらず、ゆえにクリスマスに関わらなくなった私には、わかりませんが。
ただ、30年ほど前から、10月末には、ハロウィンも流行り始め、すっかり定着しているのも、世の親御様方には負担になっているのでは、と愚考する次第です。
ハロウィンのあと約一~二週間で、七五三のお祝いがある。*8
クリスマスから一週間で、お節やらお雑煮やら用意するお正月が来る。
具体的にいうと、10月にはハロウィンの仮装とお菓子のパーティのあと間もなく、子供たちを正装させてお宮参りさせて(七歳五歳三歳限定ですが)、年末にはクリスマスの飾りをして、ケーキを食べた後、一週間後にはまたお節お雑煮お煮しめを用意して……て、人によっては体力的にも金銭的にも、大変だろなと思うのです。
でも、いまさらやめさせるのは逆に、前述のような問題がありますし、クリスチャンへの圧迫にもなりかねません。
皆様はいかがお考えですか?
では。
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